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2番目に古い大原焼の宝殿 発見

更新日:3月21日


江戸時代中期(正徳元年/1711)の宝殿を見つけ、みんな興奮する。

これまで記銘の大原焼で最も古いとされているのが元禄12年(1699)の宝殿(里庄町歴史民俗資料館蔵)です。屋根の形や筒(胴体)は楕円形でよく似ている。

2月7日の午後、メンバー4人で里庄町内の才の脇地区の宝殿を探して上田家を訪問させていただいた。家の裏に案内され、カズラ(ヒメイタビ?)に覆われた4体が並んで置かれていた。

最も古い形をした宝殿(写真右から2番目)の屋根の後面に正徳元年の記銘有り。前面に上田家の家紋の井桁と水神社が刻まれている。隣の宝殿(写真左から2番目)の屋根の後面には安政五戌牛年と奉再建十二神及び奉願上田元右衛門自作と刻まれ、前面には大きく重ね井桁の家紋が付けられていた。両側の宝殿も明治〜昭和に作られたものと推測できる。コロナ禍なので宝殿の採寸や家の歴史などの詳しい話など後日訪問して尋ねてみたい。

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